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2月のこと

まとまりのないメモをだらだらと。

 

<沈黙について>

インドの夜8時は日本の23時半で、時差ってのは本当に鬱陶しいんだけど、ぴこーん!とiPhoneが鳴って開いてみてみると、女友達から画像が届く。拡大してから撮った写真でぼやけているが、分かるのは舞台に立つ窪塚洋介。つかキチジロー。舞台挨拶に行って生窪塚を見たらしい。

遠藤周作の「沈黙」をマーティンスコセッシが映画化したという説明は俺の文章にとっては完全に蛇足だけど、それが日本で公開されて、観たいなーと思いながら画像を観てもやもやする。

もやもやするのは未分化の気持ちで言葉にはならないけど、理由は簡単に分かって、一つは「沈黙」の映画を観れない嫉妬。もう一つはこの子の土足感。

 

<思い出ロンダリング>

「思い出ロンダリングするじゃんあなた」

 俺は言う。

「なにそれ、意味分からん」

 説明できる気はしないので、答えない。

思い出ロンダリングなんて言葉は出任せだけど、そういうものがあるんじゃないかという俺の想像。特定の個人との思い出に付属するモノや音や風景から、その誰かを取り除き、他の誰か相手にそれらを使いまわす、というような意味で言っってみた。誰かとの思い出の場所を、「誰かとの思い出の場所」として保存せずに、他の誰かとの思い出の場所として塗り替える営み。二人で聴いた音楽や観た映画の中で気に入ったものを、新しい誰かと共有して二人の思い出の音楽や映画にしちゃう感じ。思い出洗浄。まあ思い出なんてそれを持っている人のものだし、音楽も映画も誰のものでもないし、咎める権利はない。そして、俺の気持ちに正当性なんてものは全く無い。思い出をとっておいて欲しいわけじゃない。ただ、使いまわされるくらいなら、全部忘れてくれるほうがマシだ、という気持ちは何に起因するんだろう。

 俺は個人の記憶とは別のところで、流れた時間というのは保存されているとどこかで信じていて、だけど思い出ロンダリングをするとその内容すらも洗い流されてしまうという妄想があるみたい。思い出の消滅というよりもはじめから存在しないような感じがして、それに怯えているって、これは何フォビア?

 

<優しい>

 その沈黙を観たという女友達は、ときたま僕にあなたは強い人間だよね?と尋ねてくる人で、自分自身強いか弱いかなんて分からないし、強くありたいとは常々思っているよ、というようなことをそのたびに伝えていたんだけど、その根本にずっとあるのはキチジロー。   

今たまたま恵まれているし、身体的にも時間的にも余裕があるから、振る舞いとしてまともっぽいことが出来ているだけで、それも言葉だけだし、状況が違えば、DV野郎にだってなり得るかもしれないというのを何となく分かっている。そこまで上手く伝えることは出来ていないけど、それは元々求めていなくて、でもこの映画を観て、俺の言っていることを分かってくれるかもと期待を持つ。もう会わないと決意してしまったのは少し残念だけど。

 彼女が映画を観た影響は、二度と会わないという決意以外にもあって俺はkindleで沈黙をダウンロードして、再読する。火、水、木と三日間、仕事が終わった後に家で読む。

 

<沈黙と服従>

 ロドリゴ神父がまさに棄教せん、というところで頭の中でカチっとリンクするものを感じる。ミシェル・ウエルベックが書いた服従という小説は、シャルリエブドー事件の引き金にもなった小説で、日本では大塚桃という匿名翻訳家によって訳され一昨年出版されている。どちらも主人公がキリスト教を捨てて転向するという小説なのだが、服従を読んだときに沈黙を思い浮かべることはなく、今回沈黙を再読するときにも最後まで思い出すことはなかった。

それはこの二つの小説の構造的が根本的に異なるもので、類似はその主題となる「転向」のみだからなんだと思うけれど、「沈黙」と「服従」という言葉自体の関連には興味深いものがある。

沈黙するのは神で、服従するのは人間だ。

ウエルベックは皮肉たっぷりに人間本性に合致した新たなシステム(裕福な生活・複数の女性)に一人の大学教授(そしてフランス社会全体)が服従していく様をかなりの説得力で描いたがこれはSFだ。ここでの服従にはある種の心地よさが含まれている。

 ロドリゴ神父はキリストを信じ、転んでも尚最後のパードレを自負する。彼は服従したのだろうか。彼には服従の持つ心地よさはない。服従していないなら何を棄て、何を所持しているのか。

 個人の信仰(≒大きな愛)―目の前で苦しむ人

 ローマ教会―沼地日本

 一神教―八百万の神信仰

 信仰の強さ-己の弱さ

 

 結論めいたものを求めているわけじゃなくて、沈黙という小説自体が、俺に寄り添うのを知っている。

 

<昨日と今日>

大切な人に自分の考えていることを分かってもらわなくちゃならない場面がたまにあってそんなときほとほと困り果ててしまう。確かに考えていることはあるんだけど、その考えにまだ具体的な言葉と筋道が装備されていないとき、抽象的で曖昧な言葉が一番的確にその考えのコンセプトを伝えられると信じて口に出してみるものの、結局向こうが求めているのは、そのまま理解できる解釈の余地なしって形にパッケージされた考えで、曖昧模糊な俺の言葉に機嫌が悪くなってしまう。

 そもそもはじめから理解可能な形で考えを伝えることなんて出来ない、というのは後出しじゃんけんで、一旦は考えを伝えることを了承し、トライした以上落ち度は俺にある。

 機嫌悪くなられて分かり合えなくても、その大切な人のことはちゃんと好きだと思う。思うけれど、その好きにこれ以上引っ張られていちゃダメかもな、と思う。

 

抽象的な言葉でも何となく分かることは沢山あって、話を聞いた人は自分の解釈と尺度で何となく俺の言っていることを分かった気になって、そこから想像力を勝手に膨らませて、この人はこういう人なんだと決め付けてもらって構わない。それで嫌われても、誤解だよとは言わないし、別に正しい理解も間違った理解も、人と人の間には基本的にはないんだ(あくまで程度の問題とは思うけど)。

理解を誤解の総体と呼んでもいいけど、そんなのわざわざ言わなくていいだろ、って思う。グラタンコロッケバーガーが小麦粉の塊であることと、その味には関係がない。

理解は理解だ。そして、それは俺の他人への姿勢でもあるのだ。

 

大事なのは、対話の積み重ねであって、質問であって、寝る前のまどろむ三十分のくだらない話であって、そういうものを俺は大切な人に求めていて、俺自身に課している。自分の考えなんて他人と作っていくものだし、時間が経つと変わるものだからさ、そんな信用して欲しくないんだ。という気持ちがどうやら根本にありそうだ、というのに気づく。

 で、俺は基本的に優しくありたいけど、そんなことはなく、大切な人には結構いろんなものを求めていて、そのせいで台無しにしたことがこれまであったような気もするし、これからもあるような気もするけど、きっと変わらない。ただ、それで失われるものがあるという事実をごっくん呑みこむことが出来るようになったと思う。

 

『昨日と今日が途切れなく続く世界で立ち去る人なんて本当はいないよね』

『人の生活にはパターンがあるけど、正解なんてないよね』

と僕は精一杯伝えようとする。これ以上は噛み砕けないと決めるのは俺で、それではダメかも知れないけど。だけど、今日は『けど』で止めておくのだ。俺は何も断言したくないモードなのだ。

 

 

<見送ることについて>

 ありがたいことにこっちに来てくれる人がいるおかげで、日本に帰る彼らを見送ることが最近ある。そこで俺は見送りが苦手なことに気づく。見送る側に立つことってこれまであまりなくて、見送ることを舐めていた。

 

誰かとバイバイするとき、相手が去って行くのを立ちすくみ、ただ眺めているというのは結構つらくて、俺自身ぷいっと後ろを向き、スタスタと振り返らず立ち去りたいんだけど、逆の立場ならちょっと嫌だと思うし、さらに振り返ったが最後しばらく会えないのと思うとなんだかやるせないから、適度なところまでちゃんと顔を見て、手を振っておこうと思うけど、適度なところが分からない。苦笑いしちゃったりとかして、言葉も出てこない。

本当はこういうときに、もう一度走って追いかけていって、我慢できずに恥ずかしい言葉を吐いうてしまうというのが相応しい気がするんだけど、しないのはその必要を感じないからで、それをしたら重たい。

 

見送りは淡々を行われるべきものなのだ。

別れ際、と呼ばれる時間が長ければ長いほど別れた後さみしくなる。別れ際に変な盛り上がり方をして、過剰にまた会おうねとかやるだけ後でさみしくなるし、せっかく過ごした楽しい時間が、そのあと寂しいムードのフィルターでしか眺められなくなるのは間違っている。

「大切な人としばらく会えない」という状況に相応しい言葉は愛情の言葉ではない。

どんな大切な人だとしても肯定できる別れの時間なんてものはなく、ここに来て互いの存在のありがたみを確認するなんてすべきじゃない。不透明な次を確約しようとするのもだめだ。

俺らはそれを軽くこなすしかないのだ。

見送られる側には行き先があるけど、見送る側はただここにいるだけで行く先がないから、バイバイした後、いつもぷらぷら散歩をしたくなる。

そして一人っていいなって少し思ったりするし、少し寂しいなって思ったりする。

 

<他人の言葉を借りるって事>

 誰かとふとした瞬間に打ち解ける体験って日本であって、それをインドでも再現できたらいいな、と思っている。誰かの言葉を借りて打ち解けるっていうことがあってもいいと思う。

 

 

<饒舌>

 突然終わる文章があって、もう少し饒舌に語ってくれも良いのにと思うけどページは沈黙している。物足りなさ、と物足りないが故の味わい深さが同居していて、俺はなんども言葉の続きを待ってしまう。カーヴァーとかはそういう小説が多い。

本は繰り返し読める。時を経て色んな自分がいろんな状況で同じ文章を読むのは不思議だ。読書を見くびっちゃいけない。読み返す自分が異なる位相に立つがゆえに、あらゆる読書体験は一度きりなのだ。

 

<論文>

会社の試験で論文を書かなくてはならないので、明日は一日中机に向かい続ける。受かれば一瞬日本に帰れるとか帰れないとか。

Feelin'29

 

昨晩のこと、というのは2017年1月12日のことだ。
日本時間は既に13日になっていて、こちらでは月が天頂に昇る頃だった。
仕事が終わらず、家でせっせと作業をしながら宇多田ヒカルを聴いていた。

最近は、もっぱら宇多田ヒカルだ。
Fantomeがリリースされて、しばらく聴きこんで、今年に入って宇多田ヒカル全般を聴きなおしている。以前の記事で宇多田ヒカルとの出会いについて書いたが、中学一年生のときにDeep Riverがリリースされたときからの好きな歌い手だ。彼女の楽曲で好きな曲を挙げろ、と言われたら上位に来るのはこのアルバムの曲だろう。好きという自覚もないままに12歳の自分はこのアルバムをMDに録音して、繰り返し聴いていた。

スリランカに旅行に行ったのは年末のことだ。インドから飛行機に乗って三時間半で着く。治安が良くのどかな国だ。南の北海道という表現がしっくり来る気がする。面積も同じくらいらしい。平原の代わりに、やしの木を中心とした熱帯雨林が広がり、それを切り裂くように一本道が続く。どこまでも同じようで、少し違う風景。刺激はないが不思議と眺めていて飽きることのない風景。車の窓から注ぐ陽に身を焦がしながら、隣の席を眺めると彼女は目を瞑っていた。
僕は3年ぶりに会う人と一緒に旅をした。車とドライバーを三日間リースし、行きたいところを巡る自由な旅だ。コロンボから文化遺跡が集中する地域は離れているため、必然的に車での移動時間は長く、その間、僕らは他愛もない話をしたり、眠ったり、音楽を聴いていた。
3年前、僕は社会人一年目で、彼女は地方で働いていた。大学時代の先輩だ。出張で彼女のいる街に行った時に久しぶりに会った。それ以来だった。何で今更一緒に旅行に行くことになったのかは分からないが、縁だと思う。わずかばかりの思いがあった気もするけど、それは、折角だからという言葉に収斂され、その後特に検証していない。
記憶というのは本当に不思議なもので、同じ3年でも、彼女に最後にあった記憶とその頃に起きた別の出来事というのは、それぞれ思い出すと異なる位相にあるように感じる。
また、空港で出会ったとき、そこでもまた時間の感覚が書き換えられた気がした。

車の後部座席に並びながら、太宰が津軽で書いた心境はこんな感じだったのか、と大げさながらに思った。大学では在籍が二年しかかぶっていないし、実質よく話したりした期間は半年程度だと思う。全く違う生活を離れたところで送っていたから、共通の話題が多いわけでもない。お互いの基本的な情報すら忘れてたりするし、思い出もかみ合わない。無言が蓄積まるでMSC、という感じなのだが、不思議な居心地のよさに包まれていた。他人と旅行している事実を感じられないくらいに、重みがなく安らいだ時間だった。特別に大切な人という訳ではなかった分、驚いた。

「なんか音楽流してよ。」
「宇多田のアルバムが出たんすよ、聴きました?」
「聴きたいと思ってたけど聴いてないんだ、持ってる?」
「持ってます」

普段イヤホンで聴いていた、道という曲をiPhoneのスピーカーで流しながら、歌詞をかみ締めていると全く違う聴こえ方がしてきた。お母さんのこと歌っている、という情報で先入観があったけど、別に俺なりの解釈をしていいな、と思った。

「これってキリストのこと歌ってるよね」と彼女が言った。
「え?」
「足跡って詩知っている?」
「知らないです」
彼女は説明してくれた。

もう一回聴いてみた。キリストのこと歌っているようにも思えたし、僕にとってのその人のことでもあって良いと思えたし、少し泣けてしまったのだった。

彼女が日本に帰る日、空港に向かう高速道路は海沿いを走っていて、夕焼けが綺麗だった。今日と夜と海がそれぞれ色を分け合い境界を失いながら、光っていた。海側の座席の彼女の横顔を眺めながら、5lackの「Feeling’29」という曲のPVを思い出していた。
しばしの別れだと思うと少し寂しくなった。

逢いみての後の心とくらぶれば 昔はものを思わざりけり

次会うのは半年後かも知れないし、3年後かも知れないし、10年後かも知れない。寂しいけどこの時間があったことはやたら確かに思えて、それでも大丈夫だな、と思った。

憧れの場所は遠いまま

日記を書こうと思っては身の丈に合わない事を考えてしまう。まとまらないまま書きかけの文章を放置する、ということが続いた。クリスマスのこと、年末の振り返り、新年の誓いなど書き始めるまではシンプルなのだが、いつもあちらこちら(音楽、過去、本の引用等々)に話が広がって収拾がつかなくなってしまうのだ。

 

僕がしたいことはとても単純で、朝起きて本を読み勉強し、会社で仕事をして家に帰り、コーヒーでも飲みながら文章を書く生活なのだ。ただの繰り返しに見えるけれど、気づきと変化は日々あるはずなので、それをじっくりと観察していたい。

 

社会人四年目も終わりに近づこうとしていて、僕はインドにいる。あと半年後には本社に戻るだろう。

 

2016年に一番好きな歌がある(また音楽の話に飛ぶ)。

“FRESINOがNYに発つ理由 今も知立の角に立つC.O.S.A.”

(「Love」KID FRESINO×C.O.S.A)

 

自分がND(ニューデリーのことです)に立つ理由。そんなものは適当だし、深い意味はないけど、それでもこの地に立つ理由はあると最近気づいた。

 

このブログのタイトルを「憧れの場所は遠いまま」にした話。

憧れの場所=インドのことだ。だけど、インドは僕にとっての長年の憧れの場所だったわけではない。ただ、僕が憧れる何人かの人々にとっての憧れの場所として度々挙げられていて、漠然と興味を持っていた程度だ。しかしインド赴任が決まってから、本格的に興味を持ち始めて以降、インドは僕にとっても憧れの場所になっていった。

 

インドを憧れの場所と呼んだのは小山田壮平だ。一昨日くらいASKAとのやり取りで話題になっていた。二人とも少し危ない感じがするけど、魅力的な人物だ。上手く言えないけど、父はChage&Askaを敬愛していて、僕はandymoriを敬愛していて、この二人の接近は父との和解のメタファーのような感じがした。日本に帰国したら会ってみたいと思う。まあいいや。

 

“憧れのインディアは遠かったけれど カータースタイル・フラットピッキングとケララ産できめて 午前5時までならステップバイステップ踊ってあげるよ

そして僕の部屋においでよ“(「Follow me」 andymori)

憧れのインディアの熱狂からそして僕の部屋においでよ、という半径3メートルの世界への帰結。勿論この憧れには、色々な含意がある。インドは単純に煌びやかな場所ではない。貧困があり、生と死の境界線は薄く、いつも隣り合わせにある。小山田壮平は19歳のときにインドを訪れたという。彼のここでの経験は彼の世界観に少なからず影響を残している。

一体どんなところなんだろう、自分の目で確かめてみたかった。

 

andymoriに加えもう一つ大きな要因がある。

遠藤周作の「深い河」、そしてそれに影響を受けたといわれる「Deep River」という宇多田ヒカルのアルバムだ。母なる大河としてのガンジス、あらゆる「個」「違い」を呑みこみ流れ続ける大河をこの目で見てみたかった。平成生まれの根が深いアイデンティティ問題解決の糸口があるのではともくろんでいた。

 

混沌と狂乱と悠久のときが流れるインド。憧れは膨らんでいた。

良い年こいて自分探しか、と言われたら半分くらい頷いてしまうかも知れないが、東京にかなりの息苦しさを感じていた僕にとって、インド勤務は魅力的な選択肢だった。

東京にいる大切な人たちとしばらくさよならするのは寂しかったが、それでも一生会えないわけではないし、同じ時間を東京で過ごすより得られるものは大きそうに思えた。経験の効能は複利で膨らんでいくという考えがあるし、それを信じたい。若いうちに良い経験を積んでおけと大人たちが言うのもそれを直感的に理解しているからだろう。

 

そしてついにインドに来た。

半年経って、憧れの場所はどうだったか。答えは「遠いまま」だ。

 

正直に言えば、滞在半年でこの国について語る言葉を僕はまだ持ち合わせていない。ある一つの側面について、ある偏った見方で語ることは可能だが、それはただの観察でありインドが与えた内的干渉を語るわけではない。

インドに行って価値観が変わった、という話をよく聞くが、自分の価値観が変わったかというと正直よく分からない。そもそも僕はゆらゆらと外的な影響に晒されながら、代謝を繰り返しているようなゆるい価値観なので、そういう意味では日々インドの影響も受けているのだろうけど、例えば180度考え方が変わるというような経験は今のところない。

よく言うクリティカルなショックというのをこの国でまだ受けていない。

 

クリティカルなショックがあるインドは過去のものであり、既に発展している。

経験と内省というのは個人に依存するので、パーソナリティが原因。

そもそもインド経験が薄い、短い。

あくまでビジネスの側面ばかり観ており、その面ではむしろ違いは小さい。

観光で観るような濃縮還元的なインドでなく、生活の場としてのインドを観察している。

インドの典型的な経験が情報として出尽くしており、新鮮さがない

 

理由はいろいろ考え付くし、どれももっともらしい。

馬鹿馬鹿しいがインドで「普通に」仕事して生活していることに焦っていた時期があった。生きていることを日々ぎらぎら感じるなんて期待をしすぎていたのだ。ショックを受けたくてインドに来るなんて不純な動機だった。贅沢と消費を動機に働いていた東京の日々と同じじゃないか。

 

割と普通にやっているインド生活。今はもうそれで良いと思っている。

どこまで行っても仕事と自分は付きまとうことを経験として知れたのは良かった。

 

憧れの場所は遠いまま、なのだ。

 

ただ、じっくり観察する、手は抜かない、すぐにだらけてしまう自分に鞭打ちながら、日々の中でたまにはっとするような気づきがあればいい。

 

 

ループ&ループ

 

 

【東京のこと】

東京に住んでいた。

ホームシックになんてならないけれど、東京にいる夢をよく見る。

東京といっても、夢の中ではどこか特定の場所にいるわけではない。新宿や渋谷の光景があるわけではない。そこはある意味では密室で記号的な東京だ。それでも周りには友達や知り合いがいて、ここは東京だと分かる。久しぶりに東京に来て心休まるのを感じる。

でも、明日も仕事だから早くこちらに帰ってこなくちゃいけないし、東京からは飛行機で10時間くらいかかるから早くここを出ないと、と夢の中で僕は焦りだす。そして、普段会わない友達になんて会っちゃうもんだから名残り惜しくて、だんだんと憂鬱になってくる。

 

空気清浄機のまわる音と、家の近くで野菜を売り歩くおじさんの声で目が覚める。カーテンの隙間からは申し訳程度の弱い光が差し込む。今日はどのくらい寒くて、白い大気なんだろうと思いながら、もそもそと布団から抜け出て、コーヒーを淹れる。

 

夢の中でなのに、会った友人にばいばいするのが億劫になってるなんて、不思議だ。会えないよりよっぽどましじゃないかと思う。

 

弁当を準備して、コーヒーを飲みながら本を読んだり、少し仕事をしたりして、家を出る。

 

今日も予測できないトラブルが2、3起きる、ということだけ予測していてその通りになる。

 

帰宅するのは毎日7時過ぎで、東京にいた頃よりよっぽど早い。

 

例えば、百貨店で刺身を買うついでに物産展に惹かれて余計なものを買ったり、好きなラーメン屋の前で逡巡して結局蕎麦を食べたり、恵比寿でカレーを食ったり、真夜中にヒップホップを聴きながら川沿いを散歩したり、自転車で埋立地まで疾走したり、コンビニの前で薄いビールを飲みながら友達を待ったり、ベローチェで勉強したり(勉強に一番適したコーヒー屋はベローチェだと思う)そんな風景とは全く違うとこにいて、でも何も変わっていなかったり。背景だったのかな。

 

Zomatoというアプリで晩御飯を注文し、40分ほどで届く。ハーブご飯とパニール(カッテージチーズ)のソテーばかり食べている。

飯を食い終わって、ソファに横になり日本に帰ったら何をしようか、と考える。

日本にいた頃はここに来たら何をしようかな、と考えていた。

インド赴任というと大変だね、とよく言われるけど、実は東京からEscapeしたかった。

ただ結局のところ、大人になっちゃうとどこに行ってもバスケのピボットみたいだと思う。軸足は固定したまま歩幅を半径とした円の中でしか動けない。軸足を置いた自覚なんてなかったけど、ボールを持った場所がそこだったというだけだ。やたら広い歩幅になった。

バスケの比喩はこれ以上深まらない。

ドリブルでぱぱぱ、っと抜いていきたいというのは何の比喩にもならない。

 

 

まだこっちでしたいことが終わっていないよな、と思い直し少し元気が出る。

あんま楽しちゃいけないよな、と思う。

 

今日やるべきことを自分の基準で決めて、ちゃんとやって、一日の苦労は一日にて足れり、という気分で眠る。

 

【難しい言葉を使いたくなってしまうこと】

眠ると夢を見る。

夢の中で僕は現在の記憶を持ちながら、二度目の12歳を迎えていた。

 

僕は中学校の教室にいて、12歳の僕として中学校に入学した初日だった。教壇には、担任の先生が立っている。この人は実際の僕の中学校1年生のときの担任と同一人物だ。

教室を見回すと、何人かは実際に知っている人がいる。知っている人はみな僕が中学1年生のときに同級生だった人で、それ以外の人は別の時期に出会った人でもない完全なる初対面だ。そして皆学校の制服(Yシャツ)を着ている。

 

もちろん僕にはこの中学校で過ごした記憶があるけど、今の僕はコスプレしているわけではなく、純然たる中学一年生だ。

 

そしてすぐに直感する。

僕はここで人生を繰り返すんだ。過去に戻ったわけではなく、再び中学生を繰り返し、きっとこの先も繰り返し続けるんだ、と。

永劫回帰、という言葉が頭に浮かんでくる。

 

僕が既に知っている同級生は僕と同じように、この繰り返し人生を送ることになっている人で、僕が知らない他の同級生(これからよろしくね)は、多分一回きりの人生を一回きり生きる人達なんだと思う。

つまり永劫回帰というのは世界全体を説明する現象ではなく、個人に対して起こりうる現象であって、永劫回帰が訪れる人もいるし、訪れない人もいる。訪れない人がいる以上、訪れる人の人生の再現性は完璧にはならない。僕が人生パート1で出会った人の中で、永劫回帰の対象にならない人は、人生パート2に出てこない。代わりに僕が人生パート2で生きる時間をたった一つの時間として生きる別な人物が現れる。それがここにいる初対面の人達だ。

そういうことを夢のなかで理解する。そして、その理解と同時に僕の記憶はもうすぐ消えるんじゃないかと漠然と思う。そうじゃないとフェアじゃないもんな、と。

でも、記憶が消えることは嫌じゃない。僕の既に知っている人たちともう一度中学生活を始められることにワクワクしているし、この初対面の人達ともうまくやっていけるんじゃないかと思う。

今でも仲良い一人の友達に、これって永劫回帰じゃない?とたずねる。あんまかっこつけた言葉を使うなよ、だせえぞ、と言われる。

うん、悪い癖だと思う。

 

担任のN先生も、勿論繰り返し人生の住人なんだけど、僕と同じように記憶があるらしい。

彼は繰り返し人生を送っている僕と数人の同級生だけに、質問紙を配る。

 

質問の内容は一人ひとり違っているらしく、僕はそれに回答していく。

僕に関する情報が書かれている。くるりが好きですか?リスを飼っていましたか?

それにYesかNoで答える。予め僕を想定して書かれている質問のようで、どうやらここにいる僕が人生パート1の僕と同一かどうか、つまりアイデンティティが保たれているかどうかを確認しているらしい。僕以外の回答者もすらすら回答していく。

 

こういうのは、初対面のほかの同級生に対してフェアじゃないからやめようと思う。僕らだけ過去の自己との同一性を担保しながら、二回目(三回目かも知れないし、四回目かも知れない)を自覚して、同じ時間を過ごすのは健全じゃないと思う。

N先生をよく知っているし、昔よく反発していたから、こんなのやってられないというのは簡単なんだけど、それこそ一回目の人生だったらいきなりしないことなので、我慢して回答を続けるとこんな質問がある。

 

あなたの手術後の経過は順調ですか。

突然身に覚えのない質問が出てきて、なんだか怖くなる。多分Noだけど、前の人生で僕は手術なんか受けていたっけ?という疑問が湧き、受けてるとしたらそれは僕の知っている僕ではないと思う。

そもそも人生パート1はどうなったのだ?死んだ自覚もなく人生パート2に入っているけど、パート1もどこかで続いているの?そこでおれは手術しているの?大丈夫?

なんとなくインドの今の生活が現実感を持って頭に浮かび、中学校入学のわくわく感が波をひくように薄れていく。なんか不吉だな、と思ったところで、夢の内容が変わる。

 

僕は、平屋建ての家の中で、外国人の女性からアメリカのアニメ制作についての説明を受けている。

曰く、冬は寒くてみんな家に篭るから、冬の時期は予算をかけずにつまらない番組にしていても視聴率が稼げるの、で、冬以外の時期に余った予算でとっても面白いアニメを作るのよ。外に出かけるのとアニメを天秤にかけられるくらいのね。

夏にはスペシャルゲストを呼ぶといいですよ、マーベルのヒーローなんか出たら僕は観ますね、と僕はしたり顔で言う。

 

目が覚める。

不思議な夢だった。

 

同級生に言われた難しい言葉を使うな、というのが響いた。

いろんなことに夢中になったり飽きたり

 

“いつでもいろんなことに夢中になったり飽きたり

それが何かってことは分かっていなかったり

あぁ好きになった日々は過ぎるよ

あぁ季節はすぐ小雪まじりの冬に

 

答えがないならないでいいんだ

いつかは冬が過ぎ 春が来て

忘れてしまった頃に思い出すよ

 

答えがないなら ないでいいんだ“

(サニーデイサービス「いろんなことに夢中になったり飽きたり」)

 

 【分からないことについて】

僕は分からないことが多い。そして、分からないということを恥ずかしく思っている。

例えば偉い人と一緒に車に乗るとき、どこに座らせればいいか分からなくなってしまう。誰かが決めた上座に座らせるより、万が一のときすぐに脱出できるよう歩道に向いた助手席後部座席がいいんじゃないか、とか折角インドの景色が見れるから助手席に座らせたほうがいいんじゃないか、とか考え始めて、でも結局人の気持ちなんて分からないな、と思って上座を譲ったりする。

マナーの大切さが分からないし、人の気持ちが分からない。

もう少しいろんなことが分かればいいのにな、と思うし、そんなこと望むべきでなとも思う。

 

あるときは、大切な人にめでたいことがあって、僕には祝いたい気持ちがある。でも、大切な人を喜ばせる言葉が分からないし、喜ばせるための言葉を考えること自体が良いことなのか分からない。祝いたい気持ちと、何か伝えたい気持ちは違う。

 

会社の人が、こんな発表資料を作っている時間は無駄だという。そうかも知れないし、資料を作らずにやっていることのほうが無駄かも知れない。あなたにとって無駄だけど、会社にとっては大事かも知れない。会社にとって大事なことが将来あなたのためになるかもしれない。ぼそぼそとそういうことを告げてみる、と仲が悪くなる。

 

お前迷っているだけで何もしていないじゃん、という言葉が耳に痛い。

いや、おれは倫理は実践的でなければと思っている。

 

そういう自分をあなたはどっかで正しいと思っているでしょう、という声が聞こえてくるのも嫌になる。

正直、間違え続けることが唯一、正しさの証明だと思っている。

 

実際の生活では、価値判断を留保するほどの余裕もなく、とりあえず物事を決めている。その繰返しで仕事を回し、成果を残そうとしている。いつかツケがいつか回ってくるんじゃないかとびくびくしている。

 

何かを否定したいわけじゃないんだよ。

もう少し勉強すれば、もう少し勉強すれば、少しは分かるかもとずっと思っている。

賢い人に諭される生活が好きだった。

 

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「パンケーキについて」

 観光地の作られ方についてこの前ラインで友達と話していたら、話が逸れて情報と消費みたいな話になった。

 ラインだと、推敲せずに言葉を垂れ流し、相手の反応如何で言葉の内容を変更するので、後から見返すと当初話したかった事じゃなくなることが多い。あっちこっちに会話が飛んでいる。そんなとき、人と話していた感じがぐっと湧いてきて、今すぐ対面で会いたくなったりする。

 

 なんの話しかというと、まあなんか情報が多すぎるし、僕ら自信が情報に接するライフスタイルになりすぎているよね、という話。

 

 僕の感覚だと2011年くらいまで個人が自分の求める情報に簡単にアクセスできた(少し物足りないくらい)だったのが、情報が増えすぎて、情報処理コストが格段に上がった。また、そもそもスマホの普及でインターネットなんか使用する必要がなかった消費行動にすらインターネットを使うようになり個人が接する情報量が増えた。結果、そもそも嗜好なんてないような消費行動にすら情報検索のフェーズを介入させるようになった。

 

 そもそも人間は意思決定のコストを下げたがる生き物で、例えば各種のバイアスっていうのは意思決定コストを下げるためにある。

 

「まとめサイトは流行っているというよりも、なんか救急箱的な存在だよね。やむを得ず使うような。でもいざ中身を見ると玉石混合で選択基準のない情報の羅列(まとめられていない)ことも多いよね。結局まとめサイトに基づいていたら、消費と嗜好は画一化していくよね」

と言ったら、

 「でも、消費社会って基本的には画一的な消費に向かうものだから、今更ネガティブフレームで語るようなことじゃないと思う。長いスパンで見たら、あなたが言うところの個人が個人の嗜好にマッチした情報を入手できて消費行動が多様化したという時期が特殊だっただけじゃない。私はそれも少し違うとおもうけど。」

と、言われた。

 

情報は個人のものであり、社会システムのうちにある。社会は消費を促し続ける。効果的、効率的に。

 

いろんなものに夢中になったり飽きたり。忘れてしまった頃に思い出すような好きだったものたち。僕は僕が夢中になった人達が夢中になったものたちに夢中になって、ときに番外編的な可笑しな出会いがあって、何かを消費するというのは決して虚しいものではなく、楽しかったのだ。飽食や止め処なき欲望ではない消費をしていたのだ。

 インドで絶対に観光に行くべき10の場所で1位にあげられているという理由で「タージマハル」に行くことと、ジュンパラヒリの小説で「世界で一番ロマンチックな場所」と書かれている理由でタージマハルに行くことは少し違うのだ。

 消費行動を絞って感性と情報をじっくり照らし合わせる時間が若いうちには必要だと思う。

 

 そういいながら、僕はInstagramで大学の後輩がパンケーキの写真上げているのを見て、ネットでパンケーキのまとめなんかを見て、うわすげえ、俺の知ってるやつと違う!むっちゃふわふわのパンケーキ食いたいなどと思うのだ。パンケーキなんて日本にいても食わなかったし、帰る頃には忘れているんだけど、Instagramにパンケーキを上げることに夢中になる人生に憧れたりする。

 

 仕事しよう。

 

我時想う愛

我時想う愛、というのはslack(5lack)というラッパーのアルバムなんだけどとても好きなアルバムで真夜中に川沿いを散歩するときなんかに似合う。リリカルで、チルで少しセンチメンタルな音楽。

 

いつも想う 死ぬ前にきっともっといけたなんて思うんじゃないか

(「いつも思う」)

 

そういうことを日々思う。今年も一つ年を重ねた。

20代後半て人生においてどんな時期なんだろう。ラジカルな孤独と悩みは尽きず、仕事の責任が重くなるようなそうでないような。仕事は嫌いじゃない。どちらかといえば好きだと思う。

 

仕事をして、本を読んで、好きな音楽を聴いている。友達に会いたい日もあるけど、少し遠い場所にいるからしばらくはお預けだ。数えたら今年は70冊くらいの本を読んで、apple musicのおかげで日本にいなくても素敵な音楽にも出会えた。本を読んで、音楽を聴いて、友達と遊ぶ、というのが中学生のときから僕の人生の三つの基本路線なんだ。

 

変わったのは学校が仕事に入れ替わったくらいだ。学校と仕事ってそんなに変わらないと思いたい。責任がどうだこうだは言わないで欲しい。

学校に行くために生きていたわけではなく、そんなことを考えてはいなかった。何の為に生きているかはこれから決めることで自然と見えてくるだろう、と。

二十代後半、仕事をするために生きているのか、なんて考えてしまうのは何故だろう。

今と未来のギャップに期待できないからなんだろう。期待出来る未来が自分の想像力の中にしかないっていうのは不幸なことかい。

 

トワイライト別に悲しくない 消えていくわけじゃない 流動するだけだ

トワイライトあらゆることに 深い意味はない 笑っていればいい

(「トワイライトシティー」 andymori)

 

迷いまくってる人こそ人事の仕事は楽しいんじゃないだろうか。

サードプレイスなんていらない、というのが何となくここ数日頭にある言葉だ。

職場でも家族でもない第三の場所なんていらない。人生を区切ること自体がとてもむなしい。自己の喪失を前提として三つ目の場所という避難所を設けなくちゃならないことが嫌だ。

僕らにサードプレイスはいらない。すべてが生活の場だ。そこで消耗する必要なんてない。仕事を仕事を割り切ることがあって良いし、割り切らなくても良い。恋愛だって人間関係だって割り切ったり割り切らなかったりするのと同じように。

搾取と贈与が、努力と成果が、個人とチームが、やりがいと報酬が、意思と指示が、生活と労働がそれぞれ同じ地平で語れるようになるといい。

意味があることをしようとするから苦しいのであって、意味なんて相対的なものだっていうことはずっと分かっていたはずだ。

近頃の若い者は、なんて言いたくないよね

 僕はゆとり世代とかくくられると、すぐ反駁したくなるんだけど、世代論というのはとても便利だ。僕らの理解を隔てる溝を、そのままにしておいたまま、分かり合えないことをとりあえず了承できるから。

 

でも残念ながら世代論というのはもはや機能しない。昔はもうちょっと世の中が画一的だったらしく、機能していたみたいだけど、その頃は生きていないからよく知らない。

(~世代っていうのは、言葉としては正しかったけど、本当に世代をまとめて言い表すことなんて昔から出来ていないんじゃないだろうか、と思うけど)

 

僕らの世代、を枕にして語れることもいくつかあるけど、それは消費アイコン(遊戯王とかリアディゾン)に纏わるものであって、僕らの性向みたいなものをまとめて語るのは難しい。人間形成が活発な思春期及びそれ以降は、個々人の経済的格差から価値観まで多様すぎると思うのだ。

 

だけど、近頃感じることがある。

 

 

仕事柄、僕より二つから三つ以上下の年齢の人と関わるときに、「あっまた、こういう感じだ」と思うことがあるのだ。感覚的には10人中6人くらいで、勿論あくまで僕の主観的な体験と感覚のことだから全然あてにはならない。関わる人数が100人に増えたら、みんな全然違うタイプで100人中6人のままかも知れない。

 

まあ何かと言うと、彼、彼女らは『与えられることが当たり前』、という感覚を持っていると感じるのだ。

教えてもらえる、トラブルは救ってもらえる、外部要因が原因なら迷惑かけても仕方ない。

ありがとう、とごめんなさいの欠如した場が作られている気がする。

 

いや、悪いことだとは思っていないよ。

むしろ時代は「してもらって当たり前」が標準なのかも知れない。

無料で便利な情報にアクセス出来るし、日本のサービスの行き届き具合と言うのは驚くレベルだ。デジタルネイティブ世代からすると受け取るものに対して、自分がPayするという感覚はないのかも知れない。SNS上のログイン、ログオフが人間関係のスタンダードになっており、時間的継続を前提とした人間関係は家族に限定される。継続的な人間関係は互酬性に基づき、そこでは感謝やごめんが大事になるけど、家族では省略されうるだろう。

また、自ら発信することはあるけど、それを誰が受け取るかは分からない。宛先不明の発信を相互に行いながら、受け取る価値のあるものを自ら取捨選択している。そこにGive&Takeの互酬性はなく、ランダムな贈与が匿名的に複数行われる。1対1の身体的なコミュニケーションは発生しづらい。

 

思いつきで書いてみただけど、自分でも世代とか言い出しちゃった。

経験が似通っていたとしても、現象(個人の傾向)は違うっていうことだけは自覚しないといけないと自分にももっとおっさんにも言い聞かせないと。